2026年8月27日木曜日

「水辺の学校」を実施しました

 1学期の終わりに実施した「水辺の学校」の紹介をします。

波野は、川が少なく、水田として利用している場所はとても少ない土地です。そんな波野でも水田に利用している場所があります。その水田に行き、波野の自然に触れ、水辺を満喫できる体験を毎年3・4年生で実施しています。

今年も波野にある御伊勢川に行き、水田の横にある水路に住む水辺の生き物の観察を行いました。最初はカエルやオタマジャクシ、アカハライモリなどの生き物を捕まえることに少し遠慮していた様子の子どもたちでしたが、次第に慣れていき、自然にふれ合うことの楽しさを全身で感じていました。最後はみんなで近くを流れる川に入り、少し先まで歩いていき探検気分を味わいました。子どもたちの感想を紹介します。

 「今日の水辺の学校で川にしかいない生き物をつかまえてかんさつしたのが楽しかったです。川に入った時、水がとても冷たくて気持ちよかったし楽しかったです。」「アカハライモリやコガムシをかんさつしたのが面白かったです。学校についたとき、また行きたいなと思いました。」

   



2026年8月21日金曜日

サマースクール(登校日)で平和について考えました

 8月20日(木)は、サマースクール(登校日)でした。久しぶりに教室に子どもたちの笑顔が戻ってきました。宿題の確認やプールで水泳をしました。そして、平和について考える時間をもちました。

 波野小学校には「沖縄文庫」があります。沖縄からたくさんの本が送られてきます。波野小学校では毎年、この時に、沖縄文庫に込められた思いを学習します。

 沖縄戦を前にした1944年、那覇市から波野に学童疎開(がくどうそかい)した方々がいます。旧楢木野国民学校内の建物で過ごされました。食料も少なく、なれない波野の寒さに凍傷(とうしょう)になる子どももいました。それでも、疎開者は全員命をつなぐことができたそうです。でも、沖縄にもどったら、ふるさとは地上戦で大きな打撃(だげき)を受けていました。沖縄にもどっても、戦後、たくさんの苦労のなかで生きてこられました。

 その後、疎開体験者の提案で、1987年に「楢木野会」が結成され、その2年後、阿蘇を訪ねてこられて交流が始まりました。楢木野会の皆さんは、当時、波野にお世話になった恩返しの思いから、沖縄戦や沖縄の自然のすばらしさ、沖縄に関する絵本などを楢木野小学校に寄贈されます。本の寄贈は楢木野小学校から波野小学校の今にいたるまで、ずっと続いています。波野小学校には、300冊を超える沖縄文庫があります。そこには、平和の大切さ、命の尊さを伝えたいという思いが込められています。

 子どもたちは自分で選んだ沖縄文庫の本を手にとり、読んでいました。平和の大切さについて考える時間となりました。



2026年8月12日水曜日

波野小学校の中庭(野草園)が満開を迎えています。

 令和8年度熊本地震で被害を受けた方々、今なお不自由な生活を強いられている皆様に心よりお見舞い申し上げます。

波野地区も大きな揺れはありましたが、学校に被害はありませんでした。

地域の方々のご協力もありながら、阿蘇の草花が植えられている中庭の花が見ごろをむかえ、ヒゴタイの花も咲き誇り、素晴らしい空間となっています。

改めてこの波野の自然の素晴らしさと地域の方々が波野小学校を大切に思っていただいていることをうれしく思います。






秋のスズラン学習に行きました

 9月17日(木)、秋のスズラン学習として、スズラン自生地公園に行きました。  阿蘇波野の草原は、半自然草原として、地形や標高、気候とともに、人の営みによる絶妙なバランスによって草原が維持されてきました。その結果、他の地域ではほとんど見られなくなった生きものがたくさん残されていま...